相続放棄と形見分け
「形見分け」は、生前の衣類や持ち物などの故人ゆかりのものを近親者に分与することを言います。 この「形見分け」は、慣習を根拠にしています。
一方、「相続放棄」は、相続人が相続の開始による包括承継の効果を全面的に拒否する意思表示です。 固い表現になってしまいましたが、要するに相続放棄をすると、被相続人の借金などの相続債務を引き継ぐこともなくなります。(民938)
さて、この相続放棄に関して、民法には次のような内容の規定があります。
「相続財産の全部または一部を処分したり、相続放棄の後でも相続財産を隠匿したなどの場合は、法定単純承認となり相続放棄が認められない。その結果、被相続人の一切の権利義務を包括的に承継することになる。(民920 921)」
前置きが長くなりましたが、「形見分け」が、「相続財産の処分」や「相続財産の隠匿」にあたるかどうかが今回のコラムのテーマとなります。
(もし、処分や隠匿にあたると、相続放棄は認められなくなるので大きな問題なのです。)
この問題については、「形見分け」をしても、「相続財産の処分」や「相続財産の隠匿」にあたらず「相続放棄」ができるのはどういう場合かを意識すると理解しやすいです。
そもそも、「形見分け」をしても問題ないかどうかの基準が法律で決められているわけではありません。
具体的な事例ごとに裁判所で示された考え方をベースに検討していくことになります。
裁判例をみると、問題となった相続財産(形見分けの対象となったもの)が、「一般経済価値を有するもの」であるかどうかで判断をされていると思われます。
この「一般経済価値を有するもの」であるかは、抽象的でわかりにくい基準であると思います。 なぜなら、どんなものであっても見方によっては、価値があるものと考えられなくはないからです。
もう少し日常で使う言葉に引き直すと、「市場で取引される可能性にある交換価値のあるもの」といえると思います。
具体例を挙げてみましょう。
故人愛用の万年筆や浴衣やネクタイなどであれば問題がないと一般にはいえるでしょう。
これに対して、高価な宝石や骨董品などの場合は、相続放棄が認められなくなる場合が想定されます。
ここで注意しなくてはならないことは、全体の相続財産の総額や相続関係者の財産の状態によって判断が変わってくるということです。(なぜなら、相続放棄が認められなくなるのは、債権者の保護を目的としているからです。)
つまり、「形見分け」をしても「相続放棄」が認められるかは、ケースバイケースの判断にならざるをえないわけなのです。
そのことは裏を返せば、「形見分け」を行う場合は慎重にということになるわけです。
最近の裁判例をみると、「ほとんど使用していない高価な毛皮のコートや洋服を遺品として持ち帰ることは、形見分けを超えるものであり、『財産の隠匿』にあたる」とされたものがあります。
これに対して、「被相続人の貯金を解約し、相当な範囲の葬儀費用を支出したことは、『処分行為』にはあたらない」とされています。
繰り返しになりますが、「形見分け」をするときは、専門家に事前に相談するなどの慎重な対応が必要といえると思います。